東京高等裁判所 昭和34年(ネ)1048号 判決
控訴人被控訴人間の横浜地方裁判所昭和二八年(ワ)第六七号家屋収去土地明渡請求事件において、昭和三一年一一月五日控訴人主張の通りの内容の裁判上の和解が成立してその調書が作成されたこと、被控訴人は昭和三三年五月二五日右和解調書の執行力ある正本に基き、家屋収去土地明渡の強制執行に着手したことは、いずれも当事者間に争がない。
そして右争いのない和解条項の内容は、
一、被控訴人(和解調書の原告、以下同じ)は控訴人(同上被告、以下同じ)に対し、横浜市南区大橋町三丁目六六番の内宅地八坪(弘明寺観音通に面して右側通路を隔てゝ中島町に接する角地)を、賃料月八〇〇円毎月末日その月分支払、賃貸期間昭和二五年五月一日以降二〇年、木造建物所有の目的で賃貸すること。
二、控訴人は被控訴人に対し、右宅地についての昭和二五年五月一日以降同三一年一〇月末日までの延滞賃料及び損害金八八、二〇〇円、前項賃貸借につき提供する保証金残金三〇、〇〇〇円合計一一八、二〇〇円の債務があることを認め、左の方法により支払うこと。
1、昭和三一年一一月末日限り金三〇、〇〇〇円
2、同年一二月以降完済まで毎月末日限り七、〇〇〇円宛(最後の月は四、二〇〇円)
三、控訴人が被控訴人に対し、右一の賃料の支払を三回以上遅滞したとき、右二の1の金員を期日に支払わないとき、又は右二の2の割賦金の支払を三回以上遅滞したときは、右一の賃貸借は、何等の意思表示を要せず当然解除となり、控訴人は被控訴人に対し、右一の宅地上に存する木造スレート葺平家店舖一棟(家屋番号一八四番)建坪(但し実際は木造スレート葺瓦二階家建坪三坪外二階五坪)その他一切の工作物を収去して右宅地を即時に明渡すこと。
四、訴外有限会社扇屋本店は被控訴人に対し、控訴人被控訴人間の賃貸借が、三により解除となつたときは、右建物より退去して右宅地を明渡すこと。
というにあつたものである。
ところで、成立に争いのない甲第三号証及び同第四号証の一、二を当審における被控訴人本人尋問の結果に綜合すると、控訴人は、右和解条項第一項の賃貸借の賃料の昭和三二年一二月までの分、同第二項1の金三〇、〇〇〇円及び同項2の分割弁済金の第一一回までの分(七七、〇〇〇円)を、いずれも、同第三項の猶予期限内に支払つたことを認めることができるが、その後、すなわち、昭和三三年一月分以降の右賃料及び和解条項第二項2の分割弁済金の最終の二回分(一一、二〇〇円)は、まだその弁済をしていないことは、控訴人の自認するところであるから、他に特別の事由がなければ、右和解条項第三項により、賃料の支払を三回滞つたことのために、昭和三三年三月三一日限り、和解条項第一項の賃貸借は当然解除せられ、控訴人は被控訴人に対し同第三項の通り家屋等を収去して土地を明渡さねばならなくなつたもので、被控訴人としては、右和解調書に基き、前記各金員の債権はもちろん、家屋等収去土地明渡の請求権についても、強制執行をなし得るに至つたものと、いわなければならない。
しかるに、控訴人は、昭和三三年一月上旬又は中旬頃、被控訴人から、前記和解条項所定の賃料及び分割弁済金とも、期限の定めなく支払を猶予されたものであるから、右賃貸借はまだ解除されていない旨主張するので検討するに成立に争いのない甲第五号証、原審及び当審証人塩川俊子の各証言ならびに当審における控訴人本人尋問の結果を綜合すると、控訴人は、昭和三二年一二月二四日脳溢血で倒れて起居不能となり、しかも、その後数ケ月に亘り意識も十分明かでない状態にあつたものであるが、昭和三三年一月上旬頃、控訴人の妻俊子が自宅附近でたまたま犬を連れて散歩中の被控訴人に出会い、その際俊子が、控訴人が病気になつたため、金を使つて前記和解条項に定めた金を支払いかねている旨申訳を述べるとともにその支払猶予方を懇願したところ、被控訴人は、右金員の支払よりも控訴人の病気をなおすことが大切である。その金の支払は控訴人の病気がなおつてからでよい旨承諾を与えたことを認めることができ、原審及び当審における被控訴人本人の尋問の各結果中右認定に反する部分は措信し得ず、他に右認定を左右すべき証拠はない。
そして、右事実によれば、前記未払にかゝる昭和三三年一月分以降の賃料及び分割弁済金の残額は「控訴人の病気がなおるまで」その支払が猶予されたものであるが、その「控訴人の病気がなおるまで」という趣旨は、控訴人の病気(脳溢血)の性質に鑑み、控訴人が発病前の完全な健康体に回復するまでということに解すべきでなく、控訴人の病状が一応安定するまでという趣旨に解するのが相当であるから、結局、右は控訴人の病状が一応安定した状態になつたときという不確定期限の到来するまで、前記各金員の支払を猶予したものと解するのを相当とする。
しかるに、前掲塩川俊子の証言及び控訴人本人尋問の結果によれば控訴人の病気は、昭和三三年三月末頃でもなお相当な重態にあつたことが窺われるばかりでなく、その後、前記の期限の到来したことについては主張も立証もないところであるから、前記昭和三三年三月三一日当時はもちろん、現在でも、前記昭和三三年一月以降の賃料及び分割弁済金の残額一一、二〇〇円の弁済につき、控訴人が遅滞にあること、更には、前記和解条項第三項により賃貸借契約が解除され、控訴人に家屋等収去土地明渡の義務が発生していることは、これを認めることはできない。
(内田 鈴木貞 入山)